2010年7月27日火曜日

Casino Sands





Singapore2番目のカジノ、サンズへ行った。 初カジノ。

一緒に行った人がブラックジャックをやるとのことで 私も50$の軍資金で参戦。


結局200$手元に残り150$儲けた!!1万くらい。 ブラックジャックです。
1回最低25$で賭ける。大体1700円くらいか? 高い!1回数分で終わるので
ものすごい速さでお金が無くなったり 増えたり・・ 隣のChineseは100$=7000円くらい賭けてた。 すごい・・勝てばいいけどさ! とにかくビギナーズラックというやつかな。やった!またいくぞ!!
ちなみに一番近いMRTの駅がすごい小さくて、これでいいのか??って 感じだった。しかも駅からカジノがすっごい遠いいじゃない!! タクシーで行くことをお勧め。「バスはこちら」というボードをつたっていたら会場に着いた・・。


カジノの中にあるショウロンポウのお店は美味しかったし安かった。
一皿シュウマイ5ドルくらいかな。
一番上の写真はホテルてっぺんのスカイデッキでプールがあります。すごい気持ちよさそう!

2010年7月24日土曜日

1988年5月ジャカルタ暴動 Jakarta Riots

Housemateの一人がジャカルタから来たChineseだ。 一緒に住むにあたりジャカルタのことを調べたらこの 1988年5月のジャカルタ暴動という記事が目についた。

Jakarta Riots と英語では言われている。

日本人はあまり知らないかもしれないが、他のアジア諸国では インドネシアの中国人が桁違いのお金持ちというのがよく知られている。インドネシア経済の中心は中国人だ。マレーシアでも同様だが やはり中国人は商売が上手で現地人より秀でている。

ただ、マレーシア人もインドネシア人も中国人のことをよく見ていない。基本的によそ者は嫌いだし、そのよそ者が自国の経済を握っている なんて事実は受け入れがたいだろう。

インドネシアの前スハルト大統領は中国人が嫌いだった。

暴動が起こった細かい内容は知らない。結局何かタイミングがあったにせよ長い間インドネシア人の間にうっぷんがたまっていたのは確かだ。

ただ、中国人が桁違いにお金を持っているといってもそれで彼らが 贅沢三昧しているかといったら大間違いだ。ということを今日知った。 そのHousemate曰く、ジャカルタに住んでいる中国人は、彼も含め、中国語を話さない。20代前半彼くらいの年齢の子は既に中国を知らない。 話さないし、読めない。要は中国人ということを前面に出せないでいる。顔を見れば分かるとは思うが・・。とにかく中国語すら話せるような雰囲気ではないらしい。

彼の両親もすごく素朴な人だ。成金みたいな格好をしたら標的になるからだ。とにかく静かに暮らすことが暗黙の了解のようになっているらしい。

確かにSingaporeに住んでいて何人かインドネシア出身のChinese を見たが彼らはすごく素朴というか、中国からの中国人みたいにがつがつしていない。雰囲気が違う。 スハルト大統領は既に暴動の年に退任しているがそれでも状況が一変というわけにはいかず今に至っている。かわいそうだ。

下記参照 日本語ではこのジャカルタの暴動について詳細なニュースが 見つからなかったのが残念だ。

http://omdoyok.hp.infoseek.co.jp/Indonesia/Aind-55/Aind-55.htm http://www32.ocn.ne.jp/~tamchai/id-riot.html

2010年7月15日木曜日

市ノ瀬 泰造 1947年11月1日 - 1973年11月



8月にカンボジアに行くことにした。 そのためにカンボジアの情報を調べていたらこの名前にたどり着いた。 かの有名なポルポトの大虐殺の真っ只中にカンボジアへ向かい アンコールワット撮影のため戦地を無防備な状態で走った人である。


「地雷を踏んだらサヨウナラ」という映画はこの人の人生を 辿ったものらしい。また、この言葉は本人が実際に手紙に書いた言葉だ。 その映画のタイトルはなんとなく耳にしていたけど、まさか過去に そんな日本人がいたとは知らなかった。


是非皆さんに知って頂きたい。





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